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浦和地方裁判所 平成5年(わ)564号 判決

主文

被告人を懲役一年八月に処する。

被告人から金三〇〇万円を追徴する。

理由

(犯行に至る経緯等)

一  被告人らの経歴及び職務権限

被告人は、昭和三五年三月、埼玉県立春日部高校を卒業し、農業協同組合職員を経て、同四二年四月、春日部市議会議員に当選してこれを二期務め、同五〇年四月、埼玉県議会議員選挙に初当選し、以後、連続五回の当選を重ね、その間、自由民主党県議会議員団(以下、「自民党県議団」という)幹事長、同党県連政務調査会長、県議会議長等を歴任し、平成四年三月当時、自民党県議団団長の地位にあり、また、分離前の相被告人A(以下、「A」という)は、昭和五〇年四月、埼玉県議会議員選挙に初当選以来、連続五回当選し、平成四年三月二四日施行された同県議会議長選挙当時、被告人及び右A両名とも同県議会議員の職にあり、地方自治法の規定により右議長選挙に関し被選挙資格及びこれを選挙する職務権限を有し、かつ、自民党県議団に所属していたものである。

二  埼玉県議会における議長選挙の実情

地方自治法の規定によると、県議会議長の任期は議員の任期によると定められているが、埼玉県議会においては、相当以前より、議長は任期満了を待たずに一年で辞職して交替することが慣例となっており、毎年二月定例会最終日(県議会議員選挙があった年は選挙後の臨時会初日)に議長選挙を行っていたところ、同県議会においては、自民党県議団が圧倒的多数を占めており、同団所属の議員が一致してその支持する議長候補者に投票する限り、右議長候補者が議長に当選することが確実であったことから、同団では議長ポストを確保するため、所属議員が本会議において議長として投票すべき議長候補者を以下のような手順で予め決定したうえで議長選挙に臨み、現実にも長年にわたって議長ポストを確保してきた。すなわち、自民党県議団では、〈1〉団所属議員全員で構成する団会議において議長候補資格者枠(たとえば、「県議会議員に五回以上当選した者」)を最終的に決定、〈2〉右枠内における議長候補希望者が複数の場合、当事者間で一本化に向けた話し合い(希望者が一名のとき及び一本化がなったときは〈4〉以下へ)、〈3〉希望者間の話し合いがつかないとき、議長候補資格者の属する同期会(同団内の当選回数が同じ議員で構成される会)の会長あるいは議長経験者が世話役となって一本化調整を行い、最終的には同期会全員の意見を徴して多数決によって議長候補者を決定、〈4〉団の役員会の了承、〈5〉団会議の承認による正式決定、という手続きを経て議長候補者についての同団としての意思決定をしてきたものである。右議長候補者選定は、最終的には自民党県議団所属議員全員で構成される団会議における承認という正式な機関決定を経たものであり、団規約等において所属議員を拘束する旨の規定こそ存在しなかったものの、所属議員は同一会派を構成する者として当然道義的拘束を受け、過去の例でも、議長候補者との個人的確執等から稀に白票等を投じた者もなかったではないが、選挙の大勢に影響を及ぼすほどのものではなく、ほとんどの団所属議員は右選出結果に従って投票権を行使し、前記のとおり、団の推す議長候補者がそのまま議長当選を果たしてきた。そして、平成四年二月定例会時の埼玉県議会における各会派の勢力は、定数九四名中、自民党県議団七〇名、社会党九名、公明党九名、共産党五名、無所属一名となっており、最終日に予定されていた議長選挙においても、自民党県議団が議長候補者を一本化できさえすれば、その者が議長に当選することが確実な状況にあった。

なお、同年三月二四日施行の右議長選挙において、Aは、有効投票九四票中七一票を獲得して議長に当選している。

三  本件犯行に至る経緯

Aは、平成四年の埼玉県議会議長選挙に際し、従前の経緯から自民党県議団内の前記議長候補資格者枠が自らも含まれるところの議員当選五回以上となることが確実に予想され、かつ、前年は同団幹事長をしていたF県議が同団内の議長候補者に選ばれて議長に当選していたこと及び他に格別有力な対抗馬と目される議員もいなかったことから、当時同様に同団幹事長職にあった自分も順当にいけば議長になることができるという期待を抱き、同三年暮れころから、折りに触れて同僚議員らに対して議長選出馬の意向を表明してきた。ところが、同四年三月六日ころ、Aは、県議会本会議中に、ちょっと外に出ないかと被告人に誘われ、議場を出たロビーのところで、被告人から「挨拶がねえな」と言われたことから、議長選について楽観視するあまり、自民党県議団団長を務める名実ともに団内一の実力者であった被告人に対する配慮を怠ったのではないか、その機嫌を損ねては議長になれなくなるのではないかとの強い不安に駆られたことから、自らが同団内の議長候補者ひいては議長になれるよう被告人に尽力してもらうため、現金三〇〇万円を供与することを決意し、同月九日、長男Bに指示して入間東部農協福岡支店のA名義の定期預金を解約し、現金三〇〇万円を用意した。

(罪となるべき事実)

被告人は、翌一〇日午前八時半ころ、埼玉県春日部市〈番地略〉所在の被告人方応接間において、右三〇〇万円を持参したAから、二月定例会最終日に施行予定の埼玉県議会議長選挙に際し、自己を自民党県議団の議長候補者として選出のうえ、同議会において議長に当選できるよう自己に投票するとともに、同団所属の他の議員にも右同様の行動をとるよう働きかけて欲しい旨の請託を受け、その報酬として供与されるものであることを知りながら、右現金三〇〇万円の供与を受け、もって、請託を受けて、自己の前記県議会議長を選挙する職務に関し賄賂を収受したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(争点についての判断)

弁護人は、被告人は判示記載の日時・場所においてA県議が持参し置いていった三〇〇万円を受領したが、この金員は、同議員が被告人とともに取り組んでいた埼玉県知事選等の政治活動資金を分担する趣旨で同議員から交付されたもので、同議員から判示のような請託を受けたことはないし、被告人においてその旨の受託の意思もなかったものであって、議長選挙に関する被告人の埼玉県議会議員としての職務行為及びこれと密接に関連する行為に対する対価として交付され受領したものではないから無罪であると主張し、被告人も公判廷において右主張に沿う供述をしているので、以下、右現金の交付及び受領の趣旨等について検討を加えることとする。

先ず、被告人に三〇〇万円を交付したAの供述についてみると、同人は公判廷において証人として次のように供述している。すなわち、平成四年の県議会議長選挙では自分が議長になれるのではないかとの期待を持ち、同年三月初旬ころまでに折に触れて出馬の意向を被告人を含めた同僚議員らに表明していたところ、同月六日ころの定例会本会議一般質問の最中に、当時自民党県議団団長であった被告人からちょっと話があると呼び出され、議場を出たロビーの所で、「挨拶がねえな」と言われてはっと思い、帰宅後いろいろ考えた結果、妻Eに対して被告人から「挨拶がねえな」と言われたことを打ち明けるとともに、被告人に幾らか持っていくか、三〇〇万くらいでどうだろうなどと話した、同月九日、長男Bに指示して現金三〇〇万円を用意させ、翌一〇日朝、春日部市内の被告人方に赴き、右三〇〇万円の入った紙袋をテーブルの下の段(棚)に差し出し、その際「よろしく」と言った、被告人は俺とお前の仲じゃあないかなどと言って右紙袋を指先で押し戻すようにし、若干の押し問答があったが、被告人にこれを受領してもらった、被告人方を辞去するに当たり、応接間かそこを出た辺りで、被告人から相談役のC先生(県議)、D先生(県議)にも挨拶をしておいた方がいいなと言われ、そのため、同月一二日C県議に現金三〇万円を、翌一三日D県議に現金二〇万円をそれぞれ交付した、その後、自民党県議団内部における議長候補者選出手続きにおいて議長候補者に選出され、同月二四日開催の本会議において七一票を獲得して議長に当選した旨証言している。右Aの公判供述は一部記憶が薄れるなどして曖昧な部分がないではないが、全体として詳細かつ具体的であるのみでなく、弁護人の執拗な反対尋問に対しても、尋問者の意向に沿うかのような証言をしている部分があって多少の揺れはみせているものの、基本的部分では一貫しかつ確信をもって明確に供述しているものであり、その供述自体において極めて信用性が高いものと認められる。すなわち、本件犯行の経緯や状況、殊に本件犯行に関係した双方間のやりとり等については、Aと被告人の他に直接これを目撃した者はいないところ、A自身、右証言の当時、被告人が右の点を争って無罪を主張していることを知悉していたものであって、被告人の主張に合わせて自己の犯行を否定することも可能であったうえ、同人の本件証人としての証言は、直ちに自己の贈賄事件の裁判の証拠になるものではないにしても、右贈賄事件に直接関わる事柄であって、これを認めることは自己の刑事事件にとって極めて不利益になることが明らかであり、Aが公判で述べたような事実がなければこれを毅然として否定できたのみでなく、他方真実であるとしてもその証言を拒否しようと思えば拒否できる法的地位にあったものであるが、同人の証言内容を子細に検討してみると、終始曖昧な質問に対してはその意味内容を確認したうえ、言葉も慎重に選びながら自己の認識記憶している事項については証言しようとしているものであって、殊更自己の責任逃れのために証言を避け、あるいは虚偽を述べたり、特に被告人に責任転嫁を図って証言したのではないかとの疑念を抱かせるような形跡は窺われない。しかも、Aにとって同じ政党に所属する同期の世話になった恩義のある県議として長く行動を共にした仲間であって、しかも早くから自民党県議団内で政治家として頭角を現し、平成二年以降自民党県議団団長として自他ともに認める実力を振るってきた被告人の本件収賄事件の成否に重大な影響を及ぼす事項について供述するものでありながら(何箇所かにおいて被告人に対する多少の憚りを感じさせる部分がないではないが)、その供述態度は全体として真摯に応答しているものと認められるのであって、Aの公判供述自体、その信用性は極めて高いものと認められるうえ、他の関係証拠とも符合するものである。殊に、被告人の本件三〇〇万円受領の趣旨を判断するうえで、A証言のうち最も重視すべき事柄は、前叙の経緯で、被告人が県議会の本会議中の議場からわざわざAを呼び出したうえ、同人に対し「挨拶がねえな」と告げたという事実であるが、右被告人の言動の有無及び内容についてのAの証言に対しては、被告人が捜査段階から一貫して右のような事実がないとして否定しているため、弁護人から執拗な反対尋問が繰り返されたが、Aが記憶違いをしていたとか、聞き間違いをしていたとかを窺わせるような情況は全く存在しないばかりでなく、その供述態度において、何らの動揺、逡巡もなく、右事実が存したことについての認識・記憶が正確であったことについては確信に満ちた明確な供述をしているものであって、被告人が判示の経緯でAに対し「挨拶がねえな」と告げたことは間違いのない事実として確定することができ、これに反する被告人の捜査段階及び公判廷における供述は到底措信できない。そして、当時、平成四年の自民党県議団内の議長候補者としてAが極めて有力で、同人がほぼ間違いなく議長候補者に選出されるであろうことについては、被告人はもとより団内では衆目の一致していたところであって、Aにおいて議長候補者になるための工作や根回しをする必要性や情況は全くなかったこと(右の点についてはA自身が明確に供述しているのみならず、被告人及び弁護人ともに全く同様の主張をしているものである)についても、関係証拠上明らかであって、Aが被告人に本件三〇〇万円を交付することになったのは、まさに三月六日の右被告人の言動に、また、C及びD各県議に対し三〇万円と二〇万円を供与することになったのは前叙三月一〇日の被告人の言動にそれぞれ起因することは疑問の余地がない。右三〇〇万円の交付について、A自身、「議長もわたしは選挙だと思うんですがね、一般的なわたしらの選挙のときでも最後の自分の願いがかなうまでは気を許せねえと。で、いろいろなことを考えなくちゃならないというようなことから、団長に応援をして気を悪くしないでもらうには何がしかの金を持って行ったほうがいいんじゃないかということで渡しました。」、「要求というとあれかもしれませんけれども、これは何かやんなくちゃなんねえんじゃねえかと、そういうふうに考えたんです。」と当時の気持ちを吐露しているが、右供述は、Aが被告人に「挨拶がねえな」と言われ、被告人の自民党県議団団長としての実力・影響力を知悉していたがゆえに、自分なりに抱いていた議長になれるのではないかという自信が揺らぐことになったばかりか、強い不安に駆られたことを如実に示すとともに(Aが被告人に「挨拶がねえな」と言われたのが三月六日の金曜日であり、土曜日・日曜日は農協が休みであったことから、週初めの同月九日月曜日に直ちに農協で三〇〇万円を用意し、翌一〇日の早朝には早速被告人方に赴きこれを交付しているという事実は、当時絶大な影響力を有していた被告人の右一言がAに与えた不安と動揺の強さを窺知させる)、被告人の言葉を議長選に絡んで金銭の要求を仄めかされたものと理解し、被告人への金員供与に及んだことは明らかであり、また、右被告人の言動に対するAの理解が単なる思い込みではなく、明らかに被告人のAに対する金銭の要求であったことについても、二月定例会最終日の議長選及びその前の自民党県議団内の議長候補者選考を間近に控えた三月六日本会議の最中に、その後の両名の行動をみても本会議の一般質問を抜け出してまで打合せをしなければならないほどの緊急を要する用事があったとは認められないにもかかわらず、Aをわざわざ呼び出したうえ「挨拶がねえな」と告げたことの意味は金銭の要求以外に考え難いうえ、本件三〇〇万円の授受に際し、被告人においてこれを辞退する言動があったものの、それは儀礼の範囲内のものと認められるのみならず、その直後Aに対し、先輩県議の相談役にも同様の「挨拶」としての金員交付を慫慂しているなどの事実に照らし、疑問の余地はないというべきである。弁護人は、Aが他方で、被告人が知事選準備等の政治活動や県議団の運営に尽力していること、常日頃被告人に引き立ててもらい、餞別等も出してもらっていることに対する感謝の気持ちを表すためという意味をも込めて三〇〇万円を渡したと証言していることをとらえ、右三〇〇万円は政治活動資金を分担するという趣旨でAから被告人に交付されたものであると主張するが、Aは、「団長には今大変知事選や或いはまた団の運営に、いろんなご苦労をかけていると、またいろいろ、わたしも政治というようなことを教わったり社会的なことも教わって、いろいろお世話になっていると。それからまたさっきも話が出た餞別等なんかももらってますから、じゃあ、この際と言っちゃ何だけども、幾らか持って行ったほうがいいんじゃねえかと。で、挨拶ということにしようと。」という程度の証言をしているにすぎないのみならず、前叙本件三〇〇万円が被告人に交付されるに至った経緯、交付の際のAと被告人とのやりとり、その直後になされた被告人の示唆によってAがC、Dの両県議にも同様の金員を交付することになった事情等を考えると、所論指摘のような政治活動資金として交付されたものとは到底認められず、所論は採用の限りでない。

また、Aの証言内容は、Aの妻Eや長男Bの公判供述とも符合する。すなわち、Eは公判廷において、平成四年三月上旬ころ、帰宅したAから、被告人から挨拶がないと言われたなどと打ち明けられ、そのときのAはしょぼんとして考え込んでいる様子であったが、被告人に金員を渡すつもりであると言われた、その後Aは長男Bに指示して現金を準備させ、その翌日の朝、被告人のところに行ってくると言って出掛けた、当日帰宅したAから、いいよ、いいよと言われたけれども置いてきたと聞いたが、Aは議長になれることを確信したような顔になっていたと述べ、Bも、平成四年三月九日朝、自宅でAから、普段より落とした声で三〇〇万円下ろしてくるように言われ、入間東部農協福岡支店に行って指示どおり現金三〇〇万円を調達して同人に渡した、また、翌一〇日には再び同人からの指示で現金一〇〇万円を作り、これを渡した旨明確に述べ、前叙Aの証言内容に沿う供述をしているものである。

加えて、被告人の捜査段階における一連の供述のうち、本件犯行を認める部分については、大略右Aの供述と符合するものであって、Aの公判供述とともに判示事実の認定を補って余りがあるというべきである。すなわち、被告人は、平成五年五月二六日本件受託収賄被疑事実により逮捕され、翌々日の二八日には裁判官の勾留質問を受けて勾留されたが、右勾留質問の際に担当裁判官から、判示認定とほぼ同様の被疑事実を確認されたのに対し、「そのとおり間違いありません。ただし、Aから三〇〇万円を受け取った正確な日は覚えていません。Aさんは『今年よろしく。』といったようなことを言ってお金を渡しました。私は、そのお金を何度も返そうとしたのですが、Aさんがその金を置いていってしまったので、結局のところ、受け取ってしまいました。」と述べ、Aから判示の趣旨の請託を受け、その報酬として供与されるものであることを知りながら三〇〇万円を受け取ったことを認めていたものであり、その後の警察官及び検察官の取り調べに対しても一貫して本件受託収賄の事実を具体的に認める供述をしているものである。すなわち、Aが金を持ってきた日は三月一〇日に間違いない、その日の午前八時過ぎ頃だったと思う、Aが来るということについては事前に連絡がなかったので私は何だAさん早いなと言って応接間に通した、応接間ではAと私の二人きりで話をし、知事選のことが主な話題だったと思うが一般的な話だけであり、Aの方から特にこれという用件の話はなかった、一五分か二〇分ぐらいしたころと思うが、Aが今年よろしくと言って白っぽい明るい色の封筒を出してそれをテーブルの下の棚に置いた、その封筒の中身が何だという説明はなかったが、Aが今年よろしくと言って置き、金が入っているような大きさの封筒であったので、封筒の中身は現金だとすぐ察しがついた、また議長の下馬評が高く議長選に出馬すると思っていたAが議長候補の選考が真近に迫っていた時期に同期の議員として、また団長としてその選考に関与する私に対し、今年よろしくと言って現金をよこそうとし、その出し方もテーブルの下の棚に置くという普通ではない出し方であったので、私はその現金はAがどうしても議員団の議長候補になりたい、そして議長選で当選して議長になりたいとの気持ちから、議長候補になれるよう応援して貰いたい、議長選では投票して貰いたいということを私に頼むためによこすのだとすぐ分かった、また封筒の厚みが二、三センチあったので、中には二、三百万円くらい入っていると思った、金額が多そうであったので、選考に関与する同期の議員の支持を取りまとめてくれという意味も含まれていると思った、その当時私とAとの間には金の貸し借りはなく金を受け取るような取引きもなかったので、議長になれるよう応援や投票を頼みたいということ以外にはAが私に金をよこす理由はなかった、私は議員として議長選における選挙権を持っていたし、また同期の議員として県議団内部において議長候補者の選考に関与する立場にあり、私がAから応援や投票を頼むための金を貰えば罪になることは分かっていた、私は何だいこりゃ、こういうものは貰えないからと言ってその封筒をAの方に押し返そうとしたが、Aはまあまあと言いながら押し返してきて封筒の押し合いをする状態になった、私は選挙で応援や投票を頼みたいという金であり貰ってはいけない金であると分かっていたが、これ以上Aに返そうとしたりすると二人の仲がこじれてしまうかもしれないと思い、貰っておくことにした、この金を貰ったことは、妻をはじめ家族にも話さなかった、議長選絡みの金で話せる性質の金ではなかった旨述べている(なお、関係証拠によれば、被告人は、平成五年五月二三日早朝、Aが前日の警察官の取り調べに対し、被告人に三〇〇万円渡した旨話したことを当時県議団副団長を務めていたF議員からの電話で知り、直ちにAに電話を入れて三〇〇万円は貰っていない、返したと言い、同人の妻Eに対しても子供や孫のことをよく考えろと告げ、そのためAは、右被告人からの電話があった当日の取り調べにおいて前日の供述を翻し、被告人に三〇〇万円を持っていってはいない旨の虚偽の供述をし-翌二四日には、被告人に三〇〇万円渡した旨供述している-、他方、Aの妻Eは、被告人の電話は取り調べに憔悴していた夫に対する励ましとは到底受け取れず、被告人に脅されたと思ったと明確に証言しているが、右は被告人が自己に本件受託収賄の疑惑が及ぶことを懸念し、右Aやその妻Eに働きかけて罪証隠滅行為に及んだものといわざるを得ないが、前叙被告人の捜査段階における供述は右のような経過を経たうえ自供するに至ったものであり、この点からも、前叙本件犯行を認める被告人の捜査段階の供述部分は十分信用できるというべきである)。弁護人は、右被告人の捜査段階の供述について、被告人が公判廷において、逮捕された平成五年五月二六日、Aが贈賄というあらぬ疑いをかけられているので、その疑いを晴らすためには三〇〇万円は受け取ったけれども返したということにしたほうがいいと考えてその旨述べたが、捜査官から何故返したのかという追及を受け、議長選とは関係のない金であると言ったが聞き入れてもらえず、結局、議長選の金だと分かったから返したという内容の供述調書を作られた、その後の取り調べにおいても、三〇〇万円が議長選のための金ではないとの主張は聞き入れられず、その間、取調官から否認を続けると勾留が長くなると言われたり、自民党県連・同党県議団等への捜査の拡大を仄めかされるなどしたので、党関係者に迷惑をかけ、ひいては県政にまで影響が及ぶことを恐れて、やむなく取調官の作成した供述調書に署名・指印したと供述していることを取り上げ、本件犯行を認める旨の被告人の捜査段階における各供述調書は任意性及び信用性に欠けるものであると主張する。しかしながら、関係証拠によれば、被告人は逮捕された後、保釈により釈放されるまでの三四日間のうち、僅かに四日間を除いて毎日弁護人と接見し、右接見の際には、弁護人に対し取り調べについて相談し、弁護人からは、事実を言うように、事実を書いてくれないなら訂正を申し出るように言われた、事実に反することが書いてあったら署名や指印はしなくてもよいなどと助言されたことを被告人自身公判廷において供述しているばかりでなく、被告人は捜査段階において、Aに対して「挨拶がねえな」と言ったことはないし、同人から三〇〇万円を受け取った際にC及びDの両相談役にも挨拶しておいた方がいいというような助言をしたこともないと明確に否認した供述をし、右はいずれも前叙Aの証言等に照らし明らかに事実に反する供述であるが、これがそのまま調書に記載されているのであって、これらの事実からしても、取調官がその内容を押しつけたり、被告人がこれに迎合してできあがった供述調書とは到底認められない。前叙Aの公判供述や被告人の本件犯行を認める捜査段階の供述部分に対し、被告人の当公判廷における供述は、以上説示のとおりの証拠上明らかな事実をひたすら否定するための不合理、不自然な内容に終始しているものであって、到底信用することができないものである。所論は採用できない。

以上のとおりであって、判示認定のとおり、Aは本件議長選挙について、当初被告人に対し金員を交付する意図など全くなかったが、被告人の「挨拶がねえな」という一言によって、被告人の意向に反し、その機嫌を損ねることになれば議長になることが危うくなるとの危惧の念を抱くとともに、他方では、自己の後援会との関係からも議長になることに強い意欲を持っていたことから、被告人の意向に沿って被告人の協力・援助を得たうえ、当選を確実なものにするためやれるだけのことはやっておこうと考えた末、被告人に本件三〇〇万円を供与し、被告人も右Aの意向を承知したうえで右三〇〇万円を受領したことが明らかであって、右Aの請託の趣旨は、自民党県議団内の議長候補者選考過程において、議長希望者が複数であった場合の同期会内での一本化調整に際して議長経験者として座長を務める可能性が高く、かつ、団長として役員会の座長を務める被告人に対し、議長候補者として自己を支持して欲しいということは勿論、Aにおいては議長当選があくまでも最終目標であったことを考えると、当然、議長選挙に際して自己に一票を投じて欲しいということをも含んでいたものというべきである。さらに、被告人が自民党県議団団長という地位にあり、同団所属の他の議員に対して強い影響力を有する実力者であったこと、供与された金額が三〇〇万円と、C県議、D県議に対する各三〇万円、二〇万円と比較するとき遥かに多額であり、Aが右両県議に対し金員を交付するに至ったのは正に被告人から本件三〇〇万円受領直後に勧められたことによるものであって、被告人自身、明らかに他の議員への働きかけを当然に前提とした行動に出ていること、A自身も、議長選において自民党県議団内の票をまとめきれずに全票獲得に欠けると多少とはいえ人望にも係わる、当選するからには県議団全員の支持を得たいという考えはあった、同時に副議長になったG議員は自分より四票少なくかわいそうだと思ったと取調官に話したと証言していることのほか、前叙被告人の捜査段階における供述内容等をも併せ考えると、同団所属の他の議員にも、同団の議長候補者として自己を支持し、議長選挙に際しては自己に一票を投じるよう被告人において働きかけて欲しいという趣旨も含まれ、被告人において右Aの請託の趣旨を了解したうえ、これに応ずる意思の下に本件三〇〇万円を受領したものと優に認定することができる(なお、本件議長選挙に際し投票権を行使することが県議会議員である被告人の職務権限に属することは多言を要しないところであり、また、自民党県議団内で団として投票すべき議長候補者選出に関与する行為も、県議会議員の職務に密接な関係のある行為であって、収賄罪にいわゆる職務行為に該当するものと解すべきである-最決昭六〇年六月一一日刑集三九巻五号二一九頁参照-)。

所論はいずれも採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示行為は刑法一九七条一項後段に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年八月に処し、被告人が判示犯行により収受した賄賂は没収することができないので、同法一九七条の五後段によりその価額金三〇〇万円を被告人から追徴することとする。

(量刑の事情)

本件は、中央及び地方政界をとおして政治の浄化が叫ばれてきた平成四年三月、埼玉県政の根幹たる県議会の、しかもその中枢ともいうべき議長の選出をめぐって、県議会議員である被告人がこれを利欲の対象とし、議長候補者たらんとした同僚の県議会議員Aから賄賂金三〇〇万円を収受したというものであって、わが国全土において飽くことなく繰り返され、瀰漫する金権腐敗の一表出として誠に慨嘆すべき事犯である。その犯行の態様も、被告人は、その最終日には議長選出を控えた厳粛かつ清廉であるべき定例会一般質問中の県議会議場からA議員を呼び出したうえ、議場を出たロビーにおいて、同人に対し「挨拶がねえな」と申し向け、自民党県連幹事長、同党県議団団長としての自らの隠然たる影響力を嵩に、その議員歴等から当然議長候補者に選出されるものと楽観していたために全くその気のなかったAに対し賄賂の要求をし、現金三〇〇万円を収受したという犯情悪質な要求型の収賄事犯であって、その厚顔ともいうべき利欲追及の姿勢には、早くから政治家として頭角を現し、若くして自民党県連あるいは県議会内の要職を歴任してきたという身の驕りと、本来県民の代表として対等の立場にあるべきはずの他の県議に対する支配欲の根深さとを看取することができる。右は、いうまでもなく民主代議制の基本理念に背馳するものであり、代表者の清廉・潔白であることについて国民の全幅の信頼の下に成り立つ民主政治をその前提において突き崩しかねない悪質な犯行というべきである。被告人の意識においては、賄賂を「挨拶」程度としか認識せず、むしろこれを当然視する感覚に至っていたのではないかとさえ思われる節があるのみならず、同僚県議Aに対してその「挨拶」の礼儀もわきまえない不届き者として非難するかのように金員を要求した前叙被告人の言動については、著しく規範意識を欠如するものとして厳しい非難に値する。そして、被告人の本件行為は、広く埼玉県民の県議会に対する信頼を踏みにじるのみならず、県民は勿論、県政のために誇りをもって献身的に尽力してきた多くの関係者に与えたであろう衝撃にも看過できないものがあるというべきである。加えて、被告人は、本件発覚後、Aの任意取り調べにおける供述内容を知るや、同人やその妻に対し電話をかけて積極的に事件のもみ消しを図り、威圧的に「子どもや孫のこともよく考えろ」とまで告げ、Aにおいて一時捜査官に対する供述を変更させるまでの圧力を加えたうえ、自らの取調べに臨んでも、当初は金員授受の事実そのものまでを否認するなどして刑責を免れようとしたものであり、その後一旦賄賂収受の事実についてはこれを認めたものの、公判では三〇〇万円受領以外の事実についてはことごとく否認に転じたうえ、Aが被告人に「挨拶がねえな」と言われたなどと供述しているのは、金銭の出し入れに神経質な妻Eの了解が得やすいようにAが考え出した虚言であると述べ、また、右Aに電話したことについても同人の身を案じて行ったものであるなど、誰の目からみても不合理・不自然な弁解に終始しているものであって、そこには真摯な反省・悔悟の念は微塵も認められないばかりか、自らの保身のためには刑事司法を曲げることをも辞さない態度さえ看取できる。

以上に述べた本件犯行の罪質、態様、被告人の犯行後の行動、殊に、本件は全くその意思のなかった同僚県議を贈賄者として犯行に巻き込んで敢行された事犯であること、犯行が発覚するや贈賄者らに自ら直接脅迫的言辞を弄して悪質な罪証隠滅行為に及んでいること、捜査段階において当初金銭受領の事実そのものをも否認し、その後一旦犯行を認め反省の意思を表明しながら、公判廷では否認に転じたうえ、捜査段階で右のように金銭の受領を否認したのは、政治活動資金としての金銭の受領を否認したのではなく、賄賂として受領した事実がないと主張したにすぎないなど不自然・不合理な弁疏に弁疏を重ね、反省・改悛の情が全く認められないなどの事実を考慮するとき、本件が平成五年に至って、本件と全く同様の埼玉県議会議長選挙に関わる贈収賄の別事件の捜査の過程で発覚したものであって、Aが本件選挙において議長に選出されたことについて三〇〇万円の収受が直接影響しているものとは必ずしもいい難いこと、被告人からの要求を毅然として拒否しなかったAにも責任の一端があること、本件賄賂金が三〇〇万円と多額ではあるが、現今の巨悪事例におけるほどの巨額ではないこと、被告人は自分なりの熱意をもって長年県政に参与し、地域の発展等にも貢献してきたこと、被告人には前科・前歴が認められないこと、被告人の服役は被告人のみならずその家族の生活等に与えるであろう影響も大なるものが予想されるなどの事情を最大限に考慮してもなお、被告人に対しては主文掲記の実刑に処するのもやむを得ないと考える。

(裁判長裁判官 羽渕清司 裁判官 小池洋吉 裁判官 大島淳司)

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